親が子どもに注意をしたとき言い返すわけでもなく、ふてくされた態度になることありませんか?
注意されたことに対してイヤなことがあるのなら、言い返して自分の言い分を言えばよいのに。
そういうわけでもなく、ムッとした態度でわざと「できません」ということを態度で示してきている。
そういう状況ですよね。
子どもがふてくされた態度をしてきたときには、どのように対処すればよいのでしょうか?
そんな態度をされた親からすれば「その態度は何なの?」とつい声を荒げてしまいたくなりますよね。
ただ怒るのではなく、そして放っておくのでもなく「ふてくされた態度をした」イライラや怒りの原因を言葉にできずにイライラしている子どもの気持ちの理由を自分の子どもの頃に戻った気持ちで考えてみましょう。
そのときに親ができることは、子どものもどかしいその気持ちを認めてあげること。
と受け止めてあげます。
それと成長と共に少しずつ言葉を覚えてきたのなら一度は、イライラや怒りの感情を態度で出す
を教える。
お互いに心地よい関係を築くためには家族や他人は関係なく
ということも同時に伝えていく必要もあると思っています。
そこで今回は
をお伝えします。
ふてくされた態度をする理由とは?
子どもが、ふてくされる態度になるときはどんなときでしょうか?
親や先生が間違った行いをしている子どもに対して
- 間違っていることを注意したとき
- 間違えを教えて、改めるように違った方法を教えたとき
などですよね。
「はい、わかりました」と素直に受け止められることができればよいのですが、そうはいかないときもありますよね。
間違っていたことを教えてもらって、新しく別の方法まで教えてもらっているのですから「教えて下さって、ありがとうございます」と思うときもあるでしょう。
そうはできない子どもの気持ちは、どうなっているのでしょうか。
注意されているのは上手くできないことを怒られていると思っている
親や先生が子どもに間違いを指摘するときは「これはこうした方がいいよ」ということを伝えたくて注意しますよね。
ところが子どもは、親や先生が過去に誰かに注意している姿を見たことを思い出し反射的に「自分は今、怒られているんだ」と受け取ってしまうことがあるのです。
やさしい口調で伝えていたとしても、その人(以前に怒っている姿を見たことのある大人)に対する見方はイメージとして定着してしまっているのです。
言われたことに腹が立つから
言われたことに腹が立つのは、プライドを刺激されたことへの怒りからなんです。
注意したときの「言い方」に問題があるというよりは、どんな言い方をしたとしても「なんで、私が注意されなくちゃいけないの?」という気持ちがあるから。
とくに「いつも自分からお手伝いをしようとするような、周囲のことによく気づいて動けるタイプの子」は、このような理由が含まれています。
たしかに言われなくても普段から人一倍に、とてもよく頑張っていますので、このような気持ちになるのもわかります。
大人側の理不尽な気持ちが納得いかないから
そのほかに大人の側に問題がある場合もあります。
物事についてよくわかっている、しっかりしている子に対しては
- できて当然と思ってしまっている
- わざと手を抜いて、できない振りをしているのでは?
などと、大人が勝手に思い込んで接してしまっている場合があります。
そういった子は「なぜ、私だけにいつも言うの?」と理不尽な思いを感じて不公平な大人へ不満をつのらせるのですね。
自分ではできているつもりだから
注意される前にやっていたやり方が、自分では正しいと思い込んでしまっているために「このやり方は、間違っていない」という気持ちをもったままでいる状態なんですよね。
「このやり方で、できているのになぜ変えなければならないのか?」と本人は思ってしまっています。
自分ではできていると思っているので、誰かに教えて欲しいとも思っていないのです。
「なんで頼んでもいないのに、言ってくるんだ!」という気持ちなんですよね。
新しく教わったやり方は自分には上手くできない!と思い込んでいることからのいら立ち
子どものほうから「わからないから教えて欲しい」と言ってくることもありますよね。
自分から教えてと頼んでいるのにも関わらず、ふてくされた態度になることもあります。
「こうすると、いいよ。やってみて」と教えたやり方が、上手くいかずイライラしてしまうときです。
相手に敬意をもっていないから
注意や助言をしようとしている人のことを軽く見てしまっている場合があります。
相手が「親」「先輩」「先生」などの場合、日頃から、ふざけたりし合える楽しい関係であると自分は教わる立場であることを忘れてしまうようです。
まるで「友達」のような関係から、急に注意や助言をされてしまうと「なんで、あなたに言われなくちゃならないの?」となるんですね。
気を許せる相手に甘えてしまっている
私も普段リラックスして子どもと接するときには、ジョークを言うこともありますし、子どもと遊ぶときも大人げなく本気で遊んだりもします。
学校や習い事の先生であっても先生の言葉や態度に愛情を感じることができなければ、子どもは心を開こうとはしません。
逆に口下手な先生であっても子どもとのやり取りに、子ども目線の愛情表現が感じられる場合には、子どもは先生に心を開きます。
心を開いて打ち解ける関係は、相手を信頼しているからです。
子どもにとって相手の愛情を感じる瞬間があるから、心を開いてくれるんですね。
だからこそ、そのときの感情を素直にぶつけてくることができるんですよね。
教える側はけじめをつけて場面を切り替えてはいても子どもにとっては区別がつかず、打ち解けた楽しい関係の相手から言われている気分のまま甘えているような状態なんですよね。
子どもは相手を信頼はしているのだけれども、子どもはまだ未熟で気持ちの切り替えが上手くいかないわけです。
教わるつもりがない
教わるつもりがないというのは、その子は誰からも教わりたいなどと思っていないのです。
もしくは、その人からは教わりたいと思っていないのです。
「誰からも教わろうと思っていない」場合には、誰が言っても同じです。
そのときの子どもの気持ちと原因は
子どもの気持ち | その原因 |
① そのこと(例えば習い事など)を楽しいと感じられない | ・そのことの(例えば習い事などの)仲間と上手くいっていない
・そのことの(例えば習い事などの先生や仲間など)と相性がよくない ・そのことの(例えば習い事など)が好きではない |
② 自分の力だけで、自分のペースでできるようになりたい | ・頑張り屋で負けず嫌いな性格である
・マイペースで、自分のペースを乱されるのがイヤ |
③ その人からは教わりたいと思わない | ・指導する人に「専門性」「情熱(愛)」「相手に伝わる伝え方」の3つのどれかが欠けている |
以上のことではないでしょうか。
①「そのことを楽しいと感じられない」ことが原因であれば
まずは、子ども自身に自分でその状況を変える方法を考えさせます。(親といっしょに話し合う)
子どもと原因をはっきりさせたうえで親が動くこともできます。
別の場所に移るなど、状況や環境を親が整えてあげるということですね。
②「自分の力だけで、自分のペースでできるようになりたい」ことが原因であれば
本人のやり方でやらせる。
その場合には
・それだけはしっかりと守る約束をさせる
大切なことは時間をかけ過ぎないこと。
時間をかければ、できることはあると思います。
時間内にできるようになるためには、参考書を探してみたり、親や先生に教わるという方法も必要なのだということをわからせるためです。
社会に出てからも、仕事をするときにも、必ず時間は関係してきます。
その時間の大切さがわかっていないから、自分で何でもやろうとすることになっている場合があります。
長い目で見て、自分のペースで進めることも大切ですが、自分で時間をどう使っていくかを考えることはもっと大切なことです。
子どもが時間の大切さについてわかっていないと、勉強でも将来のことを考えるときにも目的や意味を見出すことができずに困ってしまいます。
そうならないためには、時間の大切さを教えてあげましょう。
『「なぜ勉強するの?」子どもが納得!子どもの素朴な疑問の答えとは』の記事で書いた通り、私は時間の大切さの話をうちの子たちにしました。
その後はからは、いろいろなことが説明しやすくなりましたよ。
子どもも納得できるようになったからだと思います。
③「その人からは教わりたいと思わない」ことが原因であれば
もう一つは「その人からは教わりたいと思わない」ということ。
うちの子は、家で練習をする必要がある習い事をやっているのですが、何か月も、なかなか先に進まずにいました。
子どもを見ていて私は原因は練習方法のやり方だと思ったんですね。
うちの子は、そのことを気づいている様子がなかったので「毎日、練習を頑張っているのに何か月も先に進めない原因は練習方法のやり方なのでは?」とうちの子に声をかけ、お手本となるような動画を見せたり、他のやり方で説明してみたんです。
もう その時点で、こちらの話を集中して聞いていないそぶりで、興味がないかのように下を向いてしまっています。
私の助言を聞く気がないのなら、習い事の先生に「どのように練習すれば、今できていない部分ができるようになるのか?」を聞いてくるように言ったところ、先生からも同じようなことを指摘され練習方法を教えてもらったようです。
私も経験のある習い事だったので、私が助言したことは間違ってはいなかったのです。
ただ私の場合、先生のように細かくわかりやすく、うちの子にわかるようには説明ができていなかったんですね。
やはり先生の説明の仕方は上手で、子どもから聞いたときには関心してしまいました。
結局、教える内容について「専門的な知識」と「情熱(愛情)」と「相手に伝わる伝え方」が揃っていなければ、教わる方も心が動かないんですね。
どれか一つが足りなくても、相手は動きません。話を聞こうとしないし、言われても納得していないんです。
私が勉強や家でのことを子どもに教えるときもありますが、そういったときに子どもは、ほとんどの場合に素直に聞くことはできています。
しかし 内容が難しいことになると、こちらの言っていることがわからずに、やはり ふてくされる態度をすることもあります。
そう考えてみると「専門的な知識」と「情熱(愛情)」と「相手に伝わる伝え方」の3つのうちのどれかが足りていないときに、子どもは納得できないんですね。
習い事で「どう聞いたらよいのか?わからない」という進み具合があまりにも遅い子どもに対して、この3つが揃った先生であれば先生の方から子どもへのさまざまなアプローチを考えてくださいます。
そういったことが足りない先生だと親も子どもも感じるのであれば、子どもとの相性が合わないのでしょう。
子どもに合ったピッタリの先生を見つけることは、なかなか難しいことではありますが、状況によっては教室や先生を変えることも必要だと思います。
ふてくされる子どもをそのままにしない!どうしても教えたい大切なこと
ふてくされているときというのは、子どもが嫌だなと思う感情を態度で表していることでもあります。
嫌なことがあったときには、嫌な気分になるのは仕方ありません。しかし、その感情をそのまま表現すれば、どうなるでしょうか?
ふてくされた態度はどういうことかを教える
ふてくされた態度は、自分の気持ちを言葉で説明することができずに態度で表している状態です。
理由も言わずにそんな態度をしていれば、教えてくれる人は教える気はなくなります。お友達との関係でも同じです。
ほとんどの人はそんな態度の人からは離れていくでしょう。
ふてくされた態度は、周囲の関係のない人にまでイヤな気持ちになってしまいます。
人に不快な態度を与えれば、人は離れていくのです。
そうならないためには
「なぜ、その気持ちになったのか」
「自分はこう思っている」
ふてくされる子どもには、ただ感情をあらわにするのではなく以上のことを「言葉にして伝える」のが大切なことだと教えましょう。
自分の気持ちを伝えるときは、感情的になっている自分を深呼吸して気持ちを落ち着かせてから、普段通りの口調で相手に言えるように心がけるのがポイントです。
感情を言葉にするのは難しいことですよね。
小学生ぐらいまでは、自分の気持ちをうまく言葉にできない子が多いのではないでしょうか。
もし、うまく言葉にできないようならば、寄り添うような気持ちで子どもの気持ちを代弁してあげるような感覚で、親が言葉にする方法をお手伝いしてあげましょう。
「もしかして、○○だからイヤな気分なのかな?」という感じでいくつか考えられる気持ちを言葉にしてあげましょう。
そして少しずつ、自分の気持ちを言葉にする経験を増やしていけるといいですね。
気持ちのよい返事をする
ふてくされた態度のときは、相手が聞いたことに対して返事をしないことがよくあります。
返事をしたとしても、強い口調で投げ捨てるような返事の仕方です。
本人は「返事をしたのだからいいでしょ」と思っているようですが、そうではありませんよね。
返事も態度もすべて相手とのコミュニケーションだということを教えましょう。
態度だけではなく、言い方にも気をつけなければなりません。
なぜなら、態度のときと同様に人に不快を与えるからです。
そのためには、自分が言われたら気持ちよいと感じる返事の仕方で相手と接することが大切です。
「自分がされてイヤなことは、人にしない」は基本ですよね。
もっと言えば「自分はよくても、人がされてイヤなこともしない」これも大事です。
どんな相手にも敬意を払うこと
敬意を払うとは、尊敬している気持ちを相手に表すことを言います。
どんなにすごい人でも完璧な人はいませんよね。
尊敬できる部分がひとつも見当たらない人もいるかもしれません。
そうであっても、どんな人に対しても、敬意を払う姿勢でいることを教えましょう。
なぜ、敬意を払う必要があるのでしょうか?
それは、人間関係を円滑にするためです。
もちろん、ただ「尊敬しています」と言えばよいのではありません。
何でもよいので、相手のよいところを見つけて「こういうところが、すごいと思っています」と言葉や態度で表現するのもいいですね。
とくに 相手に敬意を払う理由が見当たらなかったとしても、こちらに対して気にかけて教えてくれようと時間や労力を割いてくれたやさしさや、思いやりに対して「ありがとうございます」という一言を態度に表すだけでも十分なんです。
この場合で言えば、子ども(うちの子)は、教えてくれる人(親)が専門的な知識があまりない相手だったことで、尊敬していない態度(敬意を払っていない)をしてしまったんですよね。
相手に対して敬意を払わない態度を一度でもしてしまえば、人はいつまでもそのことを覚えています。
人間関係は使い捨てではなく、築いていくものです。習い事の件以外のことで、またその人に教えてもらったり助けてもらう必要が出てくるかもわかりませんよね。
自分に対して関わってくれた全ての人が、敬意を払う相手となります。直接、関わることがない相手であっても、結局、人間関係はどこかで繋がっていたりしますよね。
敬意を払う姿勢は、いつでも誰に対しても忘れてはならないのです。
尊敬できる人だから「敬意を払う」のは、もちろんですが、人間関係を円滑にするためにも、こちらが気がつかない相手のよさに対しても、あらかじめ敬意を払うようにするのですね。ですから、初対面の人に対しても敬意を払います。
人間関係が上手くいかない一番の理由は「相手に敬意を払っていないこと」です。
家族でも、他人でも、たとえ知らない相手でも「どんな人にも敬意を払うことを忘れてはならない」と教えていきましょう。
感情的に投げ出さない
自分が何かにイライラしている感情が起きてしまっているために、ふてくされた態度として表れます。
「どうにでもなれ」という気分なんですよね。
自分自身のことを投げ出してしまっている。
その割には、自分の主張が強くあるので矛盾した気持ちがあるのでイライラするわけです。
感情は突然に湧き上がってくるものではあるけれど、感情にまかせて投げやりになることは、自分を捨ててしまっていることと同じなんですよね。
イヤな感情が起きることは、わるいことではありません。
「自分をもっとよくしたい」
「これとは違う方へ向かいたい」
と望みがあるから起きるんですよね。
まずはイヤな感情でいる自分を投げ捨ててしまうのではなく、自分の感情をコントロールする方法として深呼吸して気持ちを落ち着かせるなどの具体的なやり方を覚えること。
もう一つは、イヤだという感情の裏側に隠れている自分が本当に望んでいることに気づかせてあげる。
そのうえで
ということ教えてみましょう。
自分の気持ちを言葉にして伝える
ふてくされた態度には、イライラの感情によって起こり、そこには自分でも気づけない隠れた自己主張があるんです。
親が子どもに「どうしてそんな態度をするの?」と聞けば「わからない」とか「お母さんに注意されたから」と本人は目の前のことが原因だと言います。
しかし、本当の原因はそれ以外の納得のできない「自分の言いたいこと」があるんですね。
それは本人も気づいていない場合や隠して言いたくないこともあるようです。
その本当の原因を子どもといっしょに見つけ出してあげましょう。
そして、気持ちを言葉にすることで負の感情は態度に表すことなく、相手に伝えられるんだということ教えてあげましょう。
間違いを認める
相手に注意されたときにイライラは、なぜ起きるのでしょうか?
相手が言うことに納得がいかないためですよね。
それは相手の説明の仕方がわるい場合もありますが、もう一つ本人が気づいていないことがあります。
「今の現状を正しく理解していない」ということです。
例えば、字を書くことを注意したとしましょう。
漢字のいち「一」を「お手本通りに書いてみて」と書かせたときに、子どもは、まっすぐに横線を書いたとします。
しかし書写のお手本では、横線のまん中あたりは やや上に反るように、そして少しだけ右上がりな感じで書くのが正解です。
そのことを注意した場合に「子どもは同じに書けているもん」「どこが違うかわからない」「どうやって書くのか、わからない」と言ってきます。
見たもの、聞いたこと、感じたこと、思ったことは、多少の誤差があって当然です。
受け取り方の問題だからです。
ちょっとしたわかりにくいことに気づき、修正していくから、できなかったこともできるようになるのですよね。
それを
・気づいていても認めたくない
このような態度でいる以上は、できるようにはなれません。
一歩前へ進むためには、間違いに気づき認める。
それができて初めて「ではどうすればよいのか?」という聞く耳が持てるようになるんですね。
よくできている部分は認めてあげたうえで、間違いに気づいて認めることの大切さを教えていきましょう。
自分に合ったやり方を見つける
子どもは教わったやり方では、やりにくい、上手くいかない場合がありますよね。
そうであれば「できない」「わからない」ということを伝えることは大切です。
そのまま誰かに頼るだけではなく、自分でも「どんなところがやりにくいのか?」「これだったらできるかも」ということを発見することを教えましょう。
ひとりでできないうちは、親や大人が一緒に話をしながら考えて、自分に合った、できるようになる方法を見つけていきましょう。
子どもができそうな方法であれば、一度はやらせてみます。結果オーライです。
失敗しても、また違うやり方を探せばいいんです。
自分で納得してやってみる経験をたくさんすることに意味があります。そうすれば、投げ出したり人のせいにしたりすることはなくなってきます。
誰かに言われるのではなく、自分で見つけ出す。そこまで、できるようになるのには、たくさんの経験が必要なんですよね。
親は正しい方法を教えることよりも、子ども自身に考える時間をつくるような話し合いをしてやり方を決めましょう。
子ども自身が納得してできるやり方を見つけることは大切なんですね。
自分で決めたことを守る
誰かに言われた通りにやることは、自分でやり方を考えて見つけ出すよりも簡単ですよね。
それをあえて自分のやり方でやると決めたのであれば、どんなに困難なことであっても投げ出さないことが大切です。
自分で決めることができる自由は「こうでなくてはならない」という型にはまる必要はありません。
そのかわり、責任をもって成し遂げるという意志を持たなければ、できなかったこともできるようにはなりません。
逆に誰かに教わるということは、その人のいう型(やり方)に沿ってやれば、すぐにできるようになるということなんですよね。
自分で自由にやるにしても、誰かに教わっていくにしても、そのやり方を決めたのは自分のはずです。
「できなかったことを、できるようになりたい」そのために行動に移したのも自分で決めたことで動きだしたことですものね。
子どもが反抗的な態度をとるようになったときは、自分なりの考えである自己主張が出てきたということです。
そのことは成長のあかしとしてうれしいことですが、それに伴って教えておきたい大事なことがあります。
それは、自分の主張をするときには自分の行動に責任をもつということです。
反抗的な態度や強がりを言うことは、自立への第一歩としての子どもの主張を認めてあげます。
全てのことではなく、その事柄については、本人に任せて経験させてみようと親が思ったのであればです。
自立は他の人の助けを借りずに自分の力でやっていくことですので、自分の責任は自分で背負うことになりますよね。
その覚悟をもってできるかどうかという話をします。
成人してから急に、全て自分でいきなり責任を負うことになるよりは、その日に向けて日々訓練していくような感じで、少しずつ子どもの自己主張に合わせて責任をもたせていくことを教えていくのがよいでしょう。
自分で決めたことを守るということは、自分に責任をもつことなのです。
まとめ
ふてくされた態度というのは、子どもが何かに不満をもっていて納得いかないときに表れます。
自分なりの考え方ができるようになったからこそ、表れる反抗的な態度というわけなんですね。
自分で考えることができるようになった成長はうれしくなりますよね。
その反面、実際には「ふてくされた態度」の子どもを前にすると親は冷静でいられなくなってしまいますよね。
そういったときに、ただ怒るのではなく、そして放っておくのでもなく、具体的な対処方法と大切なことを少しずつ教えていきましょう。
親子は上下関係のように感じますが、そうではないんですよね。
子どもであっても、意志をもった親とは別の人間ですものね。
家族間であっても、一個人として尊重し合う対等な関係を築いていきたいものですよね。
そのためには親子や家族に関わらず対等で良好な人間関係を築けるようにこの時期に教えておきたいことをまとめてみました。
感情や思いは態度ではなく落ち着いて言葉で伝えられるようにしていこう(少しずつでもゆっくりでもいい)
感情を抑えてしまうことは、後々もクセになってしまうか、突然、大爆発をしてしまいます。
それでは子どもも周囲も大変つらくなってしまいますので、感情を我慢するのは良くないんです。
ですから、ちょっとしたことでふてくされたりイライラすること自体は、感情を表現できている状態なので子どもにとっては、意志表示でもあるため良いことでもあるんですよね。
だからと言って、大人になってまでも、いつまでも態度でイライラや怒りを表現していたら困ります。
その感情を出す方法として自分も周囲も円満に解決できる方法が、言葉で気持ちや思いを伝えることです。
子どもの言葉の成長具合いを見ながら、言葉を覚えてきたころに周囲の大人が「うれしい」「楽しい」「悲しい」「嫌だ」などの感情を言葉にする会話をできるだけ声がけして、共感してあげるといいですよね。
そうすると子どもも「自分の感情をどう伝えたらいいのか」「感情は伝えてもいいものなのだ」ということが当たり前に身についていきそうですよね。
自分の気持ちを伝えられると、子どももすっきりし親も何でこうなっているのかも理解できるのでお互いに案外ケロッとするんですよね。
言葉の成長を見ながら一度は「『ふてくされる』という態度をいずれ卒業した方がいい理由」を教える
感情を言葉にするようにしながら
「ふてくされる」という態度で伝える方法を卒業した方がいい理由も、一度は幼稚園や小学生の内からでも、できるだけ早い時期に教えた方がよいでしょう。
思春期や大人に近づくにつれて、人間関係も複雑になり、感情のコントロールもさらに難しくなります。
その前に、教えてあげたいことですね。
ただ、子どもは急に大人にはなれません。
本当に少しずつ、やってみて失敗して、良くないことだとわかっていても忘れてしまってまた同じことをくり返す。
しかし、どこかで一度、伝えたことは頭の片隅には残っているようなんです。
いちいち、毎回、口出しする必要はありません。
それをすると過干渉になってしまうので、グッとこらえて見守ります。
誰だって、言われなくてはわからないことがありますよね。
普段は楽しく過ごしつつも、お互い関係性を良くするためにその理由をしっかりと話しをする時間も一度は必要なことだと思っています。
役者のように切り替えた振る舞いで、子どもも納得できるように説明をして、子どもに教えることができるとよいですね。
すぐにできなくても、何度も伝える必要はありません。
あとは子ども自身が考えていけばよいですものね。
「いずれ、ふてくされを卒業する必要性」がわかっている子は時間がかかるかもしれませんが「ふてくされた態度」になった後で「あっ、そうだ。これは良くないことだったんだ!」と子どもが気づくことがあると思います。
「そんなこと知らなかった」「わからなかった」
とならないために、一度は教えておきたいことですね。
子どもがふてくされたときの具体的な対処法3ステップ
子どものイライラをダイレクトに自分の感情と結びつけないのが、ポイントです。
自分と子どもは別々の存在で、それぞれの違った感情が存在していることを意識しながら冷静に見ていきましょう。
1.子どもの感情を受け止める
「今、子どもは何かに納得がいかずにイライラしているんだな」
と状況を受け止めます。
2.状況を見守る
- 抱きしめる
- 「そうしたかったんだね、わかったよ。あっちで話をしようか?」と、少し気持ちが落ち着ける場所に移動する
などして、子どもの気持ちを落ち着かせることをまずします。
気持ちが鎮まるまでは、親にとっての待ち時間(見守りタイム)が必要なんですよね。
3.言葉でのガス抜き作業を手伝う
気持ちが鎮まったら、言葉のガス抜き作業(子どもがイヤだと思っている言葉で気持ちや思いを伝える)もお手伝いして聞いてあげましょう。
その内容が、わがままなことだっていいんです。
それを「ダメ」と否定しないであげましょう。
「どうしたら思ったことに近づけるのか?」気持ちの落としどころを探っていくんです。
親も少し歩み寄って、子どもも親の言い分も妥協しながらかなえられる方法を検討してみるんです。
「今回だけは、○○しようか。次は○○しようね」と子どもの希望に沿うことがあってもいいと思います。
一見わがままをさせるように感じてしまいますが、甘やかせてあげることで子どもは納得し、前に進もうとするんですよね。
あとは約束を忘れてしまうこともあるので、それも含めて成長過程だと思い少しずつ、子どもにとっての「できること」と「どうしても譲れないこと(できないこと)」を観察していきましょう。
忘れっぽい子は、空想、想像好きな子、好奇心旺盛な子でもあります。(長所:クリエイティブな発想ができる、行動力がある)
その子の個性は長所でもあり短所にもなり得ます。
その部分は良い方に伸ばしつつ、欠点となる部分には目をつむって、ゆっくり成長をしてくことを見守るのも大切ですよね。
子どもの個性や主張に合わせた育て方をすることが、子どもにとっても納得のいく成長につながるんですよね。
感情は同化しやすいので注意!!親と子の別々の課題として考える
親は子どもが失敗をくり返すときに「いかにイライラせずにサポートし穏やかで見守っていられるのか?」が課題になってきます。
私自身、親業のまだまだ修行中ですが「子どもがふてくされたとき」対処のポイントは「子どもの課題」と「親の課題」をいっしょにしないことだと感じています。
子どもの課題
- 落ち着いた言葉で感情や思いを伝えること
- ふてくされた態度の意味を知り、いずれは卒業しよう
親の課題
- 親がその状況にパニックにならない。まずは自分が落ち着こう
- 子どもの立場に立って気持ちを想像する
- 子どもの気持ちを受け止める
- 「失敗はあるさ」と見守る
この2つをいっしょにしないことを意識してやってみましょう!
子どもに教えると同時に親も改めて
を考える時期かもしれませんね。
私も子どもへの対応は日々、試行錯誤で反省しては改善を試みている毎日です。
何とか、子どもといっしょに成長できたらいいなと思っています。
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